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東京地方裁判所 平成11年(刑わ)607号 判決

主文

被告人を懲役一〇年に処する。

未決勾留日数中二八〇日を右刑に参入する。

理由

[罪となるべき事実]

被告人は、

第一  火薬類を爆発させて東京都教育庁次長である甲野太郎を負傷させようと企て、いずれも法定の除外事由がないのに、

一  通商産業大臣の許可を受けないで、平成一〇年一二月下旬ころから平成一一年一月中旬ころの間、埼玉県戸田市上戸田〈番地略〉所在の被告人方において、打ち上げ花火約二〇本から、黒色火薬及び過塩素酸カリウム等を含む直径三ミリメートルないし八ミリメートルの球状等のがん具煙火火薬を取り出した上、これをペンチやハンマー等で砕いて粉状にするなどし、もって、黒色火薬及び過塩素酸カリウム等を含む火薬類約一三〇グラムを製造した

二  千葉県知事の許可を受けないで、平成一一年二月九日午前三時四五分ころ、千葉県市川市国分〈番地略〉所在の甲野太郎方門扉前において、アルミダイキャスト製の容器の中に、前記の火薬類約一三〇グラムを直径約一一ミリメートルのパチンコ玉約二〇〇個とともに充てんした上、ジョイント金具等を使用して密閉し、これに点火装置を装着した上、右門扉が開くと通電して爆発するように設置し、同日午前六時三五分ころ、同所において、事情を知らない甲野花子(当時二四歳)をして右門扉を開けさせて右容器内の火薬類を爆発させ、よって、同女に全治約三週間を要する左足打撲、熱傷Ⅱ度の傷害を負わせた

第二  前記第一の二の火薬類を爆発させて甲野花子に傷害を負わせたことを利用して、東京都教育委員会教育長である乙川次郎及び東京都教育庁人事部長である丙山三郎の両名をそれぞれ脅迫しようと企て、平成一一年二月一〇日、「警告 教職員組合ヘノ弾圧ニ対シ、我々ハ報復ノ手段ヲ選バヌ覚悟ヲ決メタ。今後、弾圧ノ徴候ミエシトキハ、教育庁関係者、学校管理者、及ビソノ家族ノ生命ガ狙ワレルコトニナル。本警告後ハ、昨日ノゴトキ威嚇トハチガイ、遠慮ナシニ殺人目的ニ照準ヲ定メ発砲ヲスル。モウ自動報復回路ハセットサレタ、何ガ起コッテモ全テオマエラノ責任デアル。肝ニ銘ジテオケ」と記載した右両名あての手紙二通を、東京都新宿区新宿〈番地略〉所在の東日本旅客鉄道株式会社新宿駅東口に設置された郵便ポストに投函して

一  同月一二日、新宿区西新宿〈番地略〉所在の東京都庁第二本庁舎に丙山三郎あての手紙一通(平成一一年押第一二二三号の4及び五)を到達させて同人(当時五一歳)にその内容を了知させ、同人及びその家族の生命、身体に危害を加えることを告知して脅迫した

二  同月一五日、東京都庁第二本庁舎に乙川次郎あての手紙一通(同押号の6及び7)を到達させて同人(当時五七歳)にその内容を了知させ、同人及びその家族の生命、身体に危害を加えることを告知して脅迫した

第三  東京都立三田高等学校校長である丁野四郎の身体を害する目的をもって、

一  平成一一年三月五日ころ、前記第一の一記載の被告人方において、長さ約一五センチメートル、外径約4.27センチメートルのステンレス製ねじ込み継ぎ手パイプの中に、硝酸カリウム、炭素(木炭粉)、硫黄及び過塩素酸カリウム等を含有する煙火火薬約七五グラムを直径約八ミリメートルの鉛玉約七八個とともに充てんした上、パイプの両端をステンレス製ねじ込み継ぎ手キャップで密閉し、さらに、このパイプにアルカリ乾電池、マイクロスイッチ及びニクロム線等を使用した起爆装置を装着して、紙箱に収納するなどし、紙箱を振動させることによってマイクロスイッチが作動することにより通電して爆発するような構造の手製の爆発物一個(同押号の1は、この模型である。)を製造した

二  同月一二日午前一〇時ころ、東京都港区三田〈番地略〉所在の東京都立三田高等学校二階校長室において、丁野四郎が爆発により死亡することも十分あり得ると認識しながら、あえて、同人(当時五九歳)の執務机の上に、右パイプ等を入れた紙箱本体を置き、さらに、イヤホンジャックを接続するなどして、紙箱のふたに「祝」と記したのし紙を付けて、白色ラベル二枚で紙箱本体と固定して右爆発物を設置し、同日午前一一時四一分ころ、同所において、これを発見してその処理作業に従事していた警察官をして、起爆装置を作動させ、もって、爆発物を使用したが、結局のところ、右爆発時には既に警察官らに発見されるなどしていたため、丁野四郎を殺害するに至らなかった

第四  同日午前一〇時五分ころ、東京都立三田高等学校二階応接室付近廊下において、同校事務職員戊島五郎(当時四〇歳)に対し、その顔面に所携の催涙スプレーを噴射する暴行を加え、よって、同人に加療約一週間を要する眼瞼皮膚炎等の傷害を負わせた。

[証拠の標目]〈省略〉

[事実認定の補足説明]

一  弁護人は、判示第一について、(一)被告人は甲野教育庁次長を脅すつもりであり、同人を負傷させる故意はなかった旨主張し、また、判示第三について、(二)被告人は丁野三田高校校長を負傷させるつもりであり、殺害する目的や故意はなかった、(三)被告人が校長室に爆発物を置いた行為は、爆発物取締罰則一条所定の「使用」には該当せず、警察官が処理を誤って爆発物を爆発させたのであるから、爆発につき被告人には責任はなく、同罰則二条の爆発物使用発覚罪が成立するにとどまる、(四)被告人は、判示第四の事実で逮捕された際に、警察官に対し、爆発物を仕掛けたこと、時限式ではなくマイクロスイッチによる接触式であること、起爆装置の解除方法について説明しているから、中止犯が成立する旨主張している。

そこで、当裁判所が前判示のとおり認定した理由を、前掲の関係証拠に基づき、補足して説明する(括弧内の証拠は、主たるものを列挙した趣旨である。)。

二  判示第一に関する傷害の故意について((一))

被告人は、捜査段階においては、下見をして、火曜日はゴミの回収日ではないので、甲野次長が一番早く門扉を開けるので、爆発させても甲野次長が負傷するだけで、その家族に負傷させることはないと思ったなどと述べて、甲野次長に対する傷害の故意を一貫して認める供述をしていたものである。

ところで、被告人が爆発させた火薬類は、打ち上げ花火約二〇本から取り出したというその量、これらとともに容器内に充てんしたパチンコ玉の数等は前判示のとおりであり、実際の爆発の結果も、爆心地点から約七メートル先に容器が吹き飛ぶなどしており、甲野花子は、前判示の傷害を負ったほか、同女着用の靴下やズボンが焦げ、携帯していたショルダーバック等の一部も白色等に変色し、同女の髪の毛が少し焦げていたこと、甲野宅の玄関の扉やたたきはすすけていたこと等が認められるのであって、被告人の右供述を裏付けるのに十分である。

なお、付言すると、被告人は、公判では、甲野次長を脅す目的である旨供述する一方で、甲野次長が負傷したならば、自分のもくろみどおりであった旨も供述しているところである。

被告人に、傷害の故意があったことは明白である。

三 判示第三に関する殺意等について((二))

1  まず、この点に関する、被告人の捜査段階における供述の代表的なものを見ると、「甲野次長宅に爆弾を仕掛けて爆発させ、脅迫状を都教委の乙川教育長らに送ったが、いっこうに安食校長を始め教育長の管理主義的な教育方針が変わらなかったので、再び教育庁幹部に対する爆弾事件を起こすしかない、今回は、威力の強い手製鉄パイプ爆弾を製造することを決意した。(乙二八)」「自分が島へ飛ばされるなどの事態を回避するには、教育庁幹部や校長を襲ってけがをさせるなどし、教育庁が方針を変えなければ、他の幹部等が襲われるとの恐怖感を抱かせるしかないと考えた。襲っても逮捕されないためには、相手を暗がりで刃物で鮮やかに刺し殺すしかないと考えた。私が絶対に捕まらないことが大切なので、安食校長を刺し殺す計画も綿密に立てサバイバルナイフ等を準備して実行しようと思ったが、怖くてできなかった。爆弾ならセットするだけなのでできると思った。電気関係の知識や自分の器用さからすれば起爆装置を作るのは簡単なことであった。(乙二八)」「『祝』と書いたのし紙を付けておけば、丁野は不審に思うことなく紙箱を手に取り、その直近で爆発すると考えていた。丁野が少なくともけがをするのは間違いないと思っていた。爆弾の威力が強ければ丁野が死ぬかもしれないことも分かっていた。水道管が破裂して、その破片や中に入れた鉛玉がものすごい勢いで飛び散るから、あたり所が悪いと死ぬ可能性があることは当然予想できた。だからこそ、死ぬ可能性を低くするために、1.5インチではなく、直径1.25インチの水道管を使ったが、威力がどれくらいか分からなかったので、死ぬ可能性がなくなったとは思っていなかった。それでも、丁野は出世も早く、都教委の指示を忠実に守る独裁的な校長で、組合と対立する立場にあると思っており、安食校長と同じ穴のむじなだから、死んでも仕方がないという気持ちであった。(乙二五)」などと述べて、身体を害する目的はもちろんのこと、確定的でないにしろ、殺意があったこと自体は、これを認める供述を繰り返しているところである。これらの供述は鉄パイプの大きさを選んだことなど具体的かつ自然な内容であって、十分信用に値するというべきである。

2 本件爆発物は、後記のとおり、警視庁警備部第二課の爆発物対策係の警察官による爆弾処理作業中に爆発したものではあるが、爆発によって、爆心地点である校長室の執務机の天板部分には、約13センチメートル×約36.5センチメートル大の穴が開き、側板が数枚抜けてしまっており、パイプ本体は約2.2メートル離れた位置にあったダンボール箱を突き破り、箱の中に入っていた厚さ数センチメートルの書籍に相当深くめり込んでいたこと、金属製キャップの一方は、爆心地点から約1.7メートル離れた厚さ約四センチメートルの木製ドアを優に突き破って、隣の応接室内のドアから約四メートル離れた窓ガラスに到達し窓枠とともに損傷していること、爆心地点から校長室の約二メートル離れた窓ガラスは約一七センチメートル×約二三センチメートル大に破損しただけでなく、応接室との境のガラス一枚はほとんどなくなるほどに破壊され、校長室内の壁には爆心地点から約2.9メートル離れた二箇所に金属片が突き刺さったままの状態であったことが認められる。

そして、本件爆発物は、火薬として、甲野宅に仕掛けた際に比べてその量を減らしたものの、花火一〇本分から取り出したがん具用の煙火火薬を、着火しやすく燃焼速度が増すように粉状に砕いて、不純物と思われる物を取り除いたもの約七五グラムを使用し、被告人は、これをパイプの中に直径約八ミリメートルの鉛玉約七八個とともに充てんし、さらに、シガレットライターから取り出したニクロム線に乾電池を接続して確認したところ、発熱するのに時間がかかることが分かったことから、起爆装置が作動してから直ぐに爆発するようにニクロム線を半分に切断して使うなどしている。そして、爆発物の容器としては、前記のとおりパイプを使用しているが、自己の物理学の知識から、甲野宅に仕掛けたアルミ製のものより強力になるように、密閉性のねじ込み式のステンレス製継ぎ手パイプを利用していること、そのサイズも直径一インチでは火薬が余り入らなかったので、威力が弱いと考えて1.25インチのものにしていることが認められる。

しかも、被告人は、三田高校の卒業式の日の当日に、外見上は爆発物と分からず、むしろ贈答品であるかのように、紙箱に「祝」と記したのし紙を付けて、丁野校長の執務机の上に置いたもので、容易には開けられないように紙箱のふたと本体とを白紙シール二枚で接着していることなどに照らすと、標的の丁野校長を爆発物に十分近付けた上で、確実に爆発させることを意図したことも認められる。

右認定事実は、丁野校長が死亡する可能性があることを十分認識しながらあえてその使用に及んだ旨の前記捜査段階における被告人の供述内容を客観的にも裏付けており、その信用性は高く、被告人が、本件爆発物の威力を実験等によって確認していなかったとしても、その結論は変わらないというべきである。もっとも、前記捜査段階における被告人の供述内容等に照らして、それ以上に丁野校長を積極的に殺害することまでをも被告人が意欲していたとまでは認められない。

四 判示三の二に関する、爆発物取締罰則一条所定の使用罪の成否及び被告人が爆発物を置いた行為と爆発との因果関係((三))

1  まず、被告人が丁野校長の執務机の上に本件爆発物を爆発すべき状態で設置した時点で、その行為は爆発物取締罰則一条所定の「使用」に該当することは明らかである(最判昭和四二・二・二三刑集二一巻一号三二三頁参照)。

2 次に、岡村直幸は警察庁の爆発物対策係に在籍する警察官で、爆発物処理の経験も豊富であるところ、本件爆発物の処理を依頼され、現場到着後、エックス線検査等により乾電池やリード線を使った起爆装置を作動させる方式の爆発物であることが分かったほか、仕掛けた犯人である被告人が逮捕された直後に動かすと爆発する旨述べていたことも聞いたが、マイクロスイッチの設置状況等が判明しなかったので、その処理方法として、①マイクロスイッチが下に付いているならば、上から押さえてふたを切り開いて中の配線を切断する、②感度の鈍いはね式のマイクロスイッチが下に付いているならば、箱の下に下敷きを挿入して運搬して処理する、③乾電池を使っているので、乾電池を液体窒素(N2)により、乾電池を凍結し、無力化させて処理する、の三つの方法を検討したが、年間に何十件と行っているN2処理の方法が最善と考え、N2の注入を開始したところ、爆発物の下に敷かれていた机上のビニール製のデスクマットが変形したことにより爆発したこと、その後の解明により、本件の爆発物に用いられていたマイクロスイッチにおける回路変換までのボタンのストローク(作業量)は通常0.7ミリメートルしかなく、最大限押し込みそのままの状態が維持できたとしても約2.3ミリメートルであったことが認められる(証人岡村直幸の証言、甲九三)。

3 右認定事実によれば、被告人が本件爆発物を設置した時点から、回路変換に至らない程度に動かすことなく爆発させずに処理することは、事実上不可能であったといわざるを得ない。

4  加えて、鈴村寿久は、警視庁公安機動捜査隊に在籍する警察官で、昭和四六年ころから都内で発生したすべての爆弾ゲリラ事件に関与し、爆発物等の構造、機能、組成物の解明捜査に従事しているところ、その長年の爆弾処理等の経験から、マイクロスイッチはエックス線写真でも判明しないことから、犯人が動かせば爆発すると言うのであれば、犯人の言葉はより安全に処理するという方向に限って受け入れて、爆弾を動かさないような処理方法を考える必要があるが、それ以上に犯人の述べることを信用することはできない、そして、乾電池の所在は判明していたことから、乾電池の効力をなくすN2処理が最善の方法であったと思う、爆発物の下に敷かれていたビニール製のデスクマットが冷却した際に波打って変形して、爆発するということは予想できなかったと思う、現実に岡村らが行ったN2処理の作業は、警察官が防護服を着用せずに作業した点を除けば、格別の問題点はない、結局、本件爆発物は設置した犯人自身にとっても危険な極めて不安定な爆弾であって、その構造等が十分に分かっていたとしても、爆発しないように処理できたかどうか分からないなどと、検察官の取調べにおいて供述しており(甲九六)、これを裏付けている。

5  なお、被告人は、パイプは固定していた上、マイクロスイッチは実際は完全にボタンを押し込んだ状態だったから前記ストロークは二ミリくらいになっていたはずであり、震度二か三くらいの地震が起きても爆発しないはずである、したがって本件爆弾の処理はN2処理よりもいい方法があったなどと述べているが(弁一四)、この点は爆発物の不安定さにさしたる影響を及ぼさないと考えられ、およそ憶測の域を出ない見解であって、信用することはできない。

6  以上のとおりであって、本件事実関係の下においては、被告人の本件爆発物を設置した行為と爆発との間に因果関係が認められる。

五 判示第三の二に関する中止犯の成否((四))

1  被告人が校長室に本件爆発物を仕掛けてから逮捕されるまでの経緯は、大要、以下のとおりである。

①被告人が、爆弾を仕掛けた後、校長室を出たところで、高校職員の栗原八重子から、不審者として見とがめられ、「校長室と出入口を間違えた」などと言い訳をして同女を振り切ろうとしたものの、同女のほか、連絡を受けた同校職員の戊島五郎及び伏黒勲が、同校正門付近で被告人に追い付き、事務室まで同行を求め、被告人は、同人らとともに校舎内に戻ったが、土足のまま玄関ホールに入ったところ、戊島から注意されて、スリッパに履き変えた。②被告人は、戊島が事務室内に戻るなどしたことから、本件爆発物の回収等を試みようと数メートル離れた校長室に入ったものの、伏黒から大声でとがめられたため、「落とし物をした」などと言い繕っていた。③被告人は、校長室に入ったことの理由を問いただされて、さらに、「落とし物をした」などと答えたが、上着のポケットを手で探る仕草をして、戊島らのすきをうかがい、突然玄関ホール方向に走りだして、逃走を企てた。④被告人は、約二〇メートル走って、玄関ホールの下駄箱前で戊島らに追い付かれて、事務室に連れ戻されたが、その途中、「落とし物」とか「忘れ物」などと言いながら、両手を上着のポケットに入れ、校長室出入口から約四メートル手前で、あらかじめ逃走用として用意して隠し持っていた催涙スプレーをポケットから取り出して、戊島の顔面に向けて噴射し、判示第四の犯行に及び、そのまま逃走しようとしたが、その場で戊島らから取り押さえられた。⑤被告人は、体を押さえ込まれたままの状態で、一一〇番通報によって駆け付けた警察官に傷害の現行犯人として引き渡されたが、その後ようやく、逮捕警察官らに対し、「校長室に爆弾を仕掛けた」旨述べた。

2  以上のとおり、被告人は、高校職員に声を掛けられた直後から、爆発物を仕掛けたことを申告しようと思えばいつでもできたにもかかわらず、そうすることなく、かえって逃走しようとしていたことが明らかであり、爆発物の回収等を試みようと校長室に立ち入った際にも、まだ落とし物をしたなどと言い繕っていた上、さらに、催涙スプレーによる傷害の現行犯人として取り押さえられ、逃走できなくなったもので、この事実経過に照らすと、被告人は、卒業式挙行日である三田高校で警察官が駆け付けるなどの騒ぎを起こし、自己が犯人と分からないまま丁野校長に爆発物を触らせて爆発させることは不可能になるという事態に陥ったために、やむなく逮捕警察官らに対し本件爆発物について述べたものであって、被告人がさらに時限式ではなくマイクロスイッチによる接触式であることや起爆装置の解除方法について説明しているからといって、自己の意思により犯行を中止したとはいえず、中止犯は成立しない。

[法令の適用]

罰条

判示第一の一の所為につき

火薬類取締法五八条二号、四条

判示第一の二の所為のうち

火薬類を爆発させた点につき、同法五九条五号、平成一一年法律第八七号による改正前の同法二五条一項

傷害の点につき、刑法二〇四条

判示第二の一及び二の各所為につき

それぞれ包括して刑法二二二条

判示第三の一の所為につき

爆発物取締罰則三条

判示第三の二の所為のうち

爆発物使用の点につき爆発物取締罰則一条

殺人未遂の点につき刑法二〇三条、一九九条

判示第四の所為につき

刑法二〇四条

科刑上一罪の処理

判示第一の二及び第三の二につき、いずれも刑法五四条一項前段、一〇条(それぞれ一罪として、判示第一の二については重い傷害罪の罪の刑で、判示第三の二については重い爆発物取締罰則違反の罪でそれぞれ処断)

刑種の選択

判示第一の一及び二、第二の一及び二、第三の一並びに第四の各罪につき、いずれも懲役刑

判示第三の二の罪につき、有期懲役刑

併合罪の処理

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(最も重い判示第三の二の罪の刑に刑法一四条の制限内で法定の加重)

未決勾留日数算入

刑法二一条

訴訟費用の処理

刑訴法一八一条一項ただし書

[量刑の事情]

本件は、被告人が、火薬類を製造して東京都教育庁の幹部宅に設置し、家人にこれを爆発させて傷害を負わせたという事案(判示第一)、右の事実を利用して脅迫状を作成して、東京都教育委員会教育長及び東京都教育庁人事部長あてにそれぞれ郵送して両名を脅迫した事案(判示第二)、三田高校の校長を死亡させることもやむを得ないとの意図の下に、爆発物を製造して、校長室これを設置して爆発物を使用して爆発させるとともに、事前に逮捕されるなどしたために、校長を殺害するには至らなかった事案(判示第三)、右逮捕の直接の原因となった三田高校職員に催涙スプレーを噴射して傷害を負わせたという事案(判示第四)から成る。

本件一連の犯行は、爆発物を用いたテロ行為にほかならず、それ自体重大かつ悪質な事件であるが、都立広尾高校の現職員で、人を教え導く立場にあった被告人が敢行したという点で、各被害者、広尾高校を始めとする生徒、父兄、その他教育関係者一般にとどまらず、社会に対しても多大な衝撃を与え、教育に対する不信を募らせたであろうことは想像に難くなく、その意味で社会的影響も大きく、被告人は厳しい非難を受けなければならない。

被告人は、本件犯行の動機について、大要、教育庁の管理主義的方針の変更を求め、都教委の都教組等の組合及び組合員に対する弾圧を防ぎ、子供志向型の「教師気質」を守り、民主主義と教育を擁護するために、一連の各犯行に及んだ旨述べている。しかし、本件犯行こそが、民主主義の根幹をも破壊する行為であって、被告人の考え方は筋違いも甚だしく、幼稚な発想に基づく自己中心的なものである。しかも、被告人は、校長等から授業について注意を受けたり、二年連続して特別昇給の対象から外されたことなどから、校長等を逆恨みするとともに、自らの授業方針が都教委や校長等からは受け入れられないものと考え、このままでは次の異動期には自分の意に沿わない島嶼部や定時制高校への人事異動を強いられるのではないかとの危惧感から本件犯行に及んだものであって、いわば個人的な利害に基づく方が主たる動機であると認められる。いずれにしても動機に酌量の余地は全くない。

判示第一について見ると、被告人は、東京都教育庁等の幹部三名を都区政人名鑑等で選び出し、うち一名に対し火薬類による爆発事件を起こし、その上司や部下に脅迫状を送れば、教育庁等の管理主義的な方針も変わるのではないかなどという安易な考えの下、爆発関係の被害者として甲野次長を選定し、その後何回も居宅周辺を念入りに下見して、ゴミの回収日まで調べ上げるなどしたもので、計画的な犯行である。そして、被告人は、前判示のとおり、花火から取り出した約一三〇グラムもの多量の火薬を用いた上、爆発と同時に四方に飛び散るようにアルミケースの中にパチンコ玉約二〇〇個を入れるなどして、家人が全く気付かないように玄関に設置し、門扉を開けると爆発するように仕掛けて爆発させたという非常に危険な犯行に及んだものであり、その結果、全く無関係の甲野次長の長女が前判示の傷害を負ったものであって、その程度も軽くない。甲野次長ら家族全員が受けた衝撃は大きく、今なお被害者感情が強いことも首肯できるところである。また、判示第二の脅迫の事案についても、被告人が自ら引き起こした爆発事件を利用して、強烈な文言により、更に過激な犯行に及ぶ旨脅迫しただけでなく、この爆発事件が教職員組合による犯行であるかのように装った点も含め、悪質である。

次に、判示第三について見ると、白昼堂々、高校の校長室に爆弾を仕掛けたもので、まれにみる大胆不適な犯行である。被告人は、甲野次長宅の事件結果を踏まえ、更に強力な爆発物の製造を決意し、物理学の知識から現実に強力な物を製造し、設置しやすく、アリバイ工作を謀る上でも都合がよいことから、あえて自分の勤務する高校と同じ日に卒業式が予定されていた三田高校を対象として選定して実行したもので、丁野校長は、校外の卒業式会場に出向いていたため不在だったものの、通常の勤務をしていた職員を爆発に巻き込む可能性も十分あったという非常に危険な犯行であり、まさに言語道断である。なお、校長室等の財産的な被害として一二二万円余りの損害を与えたことも軽視できない。

判示第四の高校職員に対して傷害を負わせた催涙スプレーも、あらかじめ準備していたもので、その場から逃走するための身勝手な犯行というべきであって、犯情は悪質である。

加えて、被告人が、公判においては、捜査段階の自白を一部翻して、甲野次長に傷害を負わせる意図はなかったとか、丁野校長を殺害する目的は全くなかったなどと供述したり、爆発物を爆発させたのはその処理に従事した警察官が処理方法を誤ったからであるなどと述べていることに照らすと、被告人が本件の重大性を認識した上で真に反省しているのかは、やや疑問である。

以上の諸事情にかんがみると、被告人の刑事責任は重大である。

そうすると、被告人は判示第一の関係で被害者に謝罪の手紙を出して、二五〇万円を支払って示談を遂げていること、判示第三の関係で、法律上は中止犯とは認められないが、被告人自身が爆発物を仕掛けたことやその構造等について警察官に申告したこと、人身被害は発生しなかったこと、三田高校に対し一二九万円余りを支払って校長室等の損害について弁償していること、判示第四の関係で地方公務員災害補償基金が被害者に支給した全額を弁償していること、本件により教員を懲戒解雇されるなど相応の社会的制裁を受けていること、最終陳述においては反省しておりいかなる刑罰にも服する旨述べていること等被告人のためしん酌すべき諸情状を十分考慮しても、主文掲記の刑に処するのが相当であると思料した。

(裁判長裁判官長岡哲次 裁判官高津守 裁判官細谷泰暢)

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